ワルテルと天使たちと小説家

阿弥陀岳



 標高2000メートルから上は、もう晩秋の佇まい。
 登山道には霜がおり、日が高くなるとそれがとけて、どろどろのずるずる。

 それでも、十日前にきつい白馬連峰を縦走してきたばかりなので、脚は絶好調だった。

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 急勾配の樹林帯を抜け、中岳のコルと呼ばれる稜線の窪みに出た瞬間、「おおおっ」と声が漏れた。

 富士山が見える。
 まるで、八ヶ岳の山並みが富士山を飾る額縁のようだ。

 そして、逆光でシルエットになっている富士山は、完璧に近いシンメトリー。

 下界からでも、いろんな山のてっぺんからでも、数えきれないぐらい富士山を見ているが、これほど美しい姿ははじめてだ。

 後から登ってきた若い人たちのパーティが騒ぎ出す。

「なにこれ、この富士山、ヤバくない?」

 うん、この富士山はマジ、ヤバいよw


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 しばらく富士山を堪能した後、阿弥陀岳山頂を目指す。

 中岳のコルにザックをデポ(置いて)して、空身で登るのだ(父ちゃんはカメラ持参)。
 ここから先は垂直に近い岩場をよじ登って行くことになる。
 ザックを背負ったままだと滑落の危険度が増すのだ。

 垂壁と戦うこと30分強。
 とうとう阿弥陀岳の頂に立った。

 八ヶ岳のなかのひとつだが、独立峰に近いので、山頂からの眺めは360度のパノラマ。
 富士山はもちろん、南アルプス、中央アルプス、北アルプスの山々が一望できる。

 すばらしい山だった。


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 昨日、夢を見た。

 中岳のコルから眺めたあの美しい富士山。
 その頂で、マージとワルテルとソーラが楽しそうに戯れている。

 そういえば、今日はワルテルの命日だ。
 16日はマージの命日。

 夢の中で父ちゃんに挨拶しに来てくれたのかな。

 マージ、ワルテル、ソーラ。
 おまえたちが大切なことを教えてくれたから、父ちゃんはおまえたちと暮らしてた時以上にちゃんとボスの務めを果たせているよ。
 おかげでアイセもマンマイも、毎日が幸せだ。
 ありがとな。

 アイセたちのためにも、山登り続けててよかったんじゃない?
 体力ないと、せっかくワンコと暮らしても思いきり楽しめないからね。
 これからも頑張ってよ、父ちゃん!

 ワルテルがそう言い、マージとソーラも微笑んで、空の彼方に駆けて消えていった。


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  1. 2017/10/07(土) 09:38:10|
  2. 登山
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悲劇の関西弁トリオ



 登山二日目。

 風は前日より弱まったが、相変わらず強く吹き、稜線はガスで覆われていた。

 午前9時過ぎぐらいからガスが薄れていって、陽射しも出て来たが、ガスは薄くなったり濃くなったり。
 平日で、前日の荒天もあって、稜線を歩く登山者の姿もまばらだ。

 途中、休憩している関西弁を話す三人組と出会った。
 60代のおじさんがひとりと、30代の青年ふたりのパーティだ。

「ライチョウがいまっせ」

 30代のひとりが指差す先に、三羽のライチョウがいた。
 前日は暴風のため、ハイマツの奥深くに隠れていたのか、まったく目にすることはなかった。

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 とりあえず、杓子岳をやろうと、急登を登った。
 先行する関西弁トリオは杓子岳には登らず、山肌を通る巻き道と呼ばれる登山道を進んでいった。

 杓子岳はなかなかの急登で体力をそこそこ消耗する。先を急ぐ者は巻き道を行くことも多い。

 苦労して杓子岳に登ると、ガスが晴れ、稜線の向こうに剱岳が顔を出した。
 やっぱ格好いいなあ、この山は。

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 ↑杓子岳山頂付近にて。
 山肌からもくもくと沸き起こる雲と青空と剱岳。
 これを見れただけでも今回の山行は成功だ。

 杓子岳から下っていくと、またガスが湧いてきて剱岳は姿を消した。

 白馬鑓ヶ岳山頂で、関西弁トリオに追いついた。

「今日は剱岳、見えませんねえ」

 30代のひとりが我々にそう声をかけてきた。

「杓子岳の山頂からははっきり見えましたよ」

 そう教えてやると、彼らは地団駄を踏んで悔しがった。

「そんだったら、杓子岳登っておけばよかったわ」

 後の祭りである。

 しばらく白馬鑓ヶ岳の山頂で待ってみたが、この日、剱岳は二度と姿を見せることがなかった。


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 二日目は白馬鑓温泉小屋に泊まった。
 標高2100メートルに建つ山小屋で、大きな浴槽の露天風呂が有名な小屋だ。
 もちろん、源泉掛け流しの温泉である。

 温泉に浸かり、絶景を愛で、疲れを癒す。
 最高だなあ♪

 関西弁トリオは我々より一時間ほどおくれて山小屋に到着した。


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 翌朝まだ薄暗いうちから多くの登山者が小屋の外に繰り出した。

 ご来光を見るためである。

 刻一刻と形を変える雲、変化していく色。
 朝焼けは美しかったが、雲の位置からして、ご来光を拝むのは無理だなということがわかっていた。

 それでもいいのだ。
 また別の時、別の山に登り、ご来光を楽しめばいい。

 やっとお日様が昇ったが、案の定、雲に遮られてしまった。

 我々の横にいた関西弁トリオの年長のおじさんが「なんでや、なんでや、なんでや~」と唸っていた。

 可哀想だけれど、なんだかおかしすぎて、横を向いて笑ってしまった。

 おとうさん、踏んだり蹴ったりの三日間だったろうけど、これも登山ですよ♪

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  1. 2017/10/01(日) 08:50:40|
  2. 登山
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暴風登山



 樹林帯を歩いている間は、次から次へと汗が流れ落ちるような陽気だった。
 着ているものはみな、汗でずぶ濡れである。

 ところが、稜線に出ると天候が一変した。

 分厚い雲が垂れ込め、風が吹き、ガスが湧いてくる。


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 小蓮華山という山を過ぎた辺りから、風がどんどん強くなっていき、やがて、風速20メートルを超える暴風となった。
 日本列島付近が一時的に西高東低の冬型の気圧配置になったせいで上空で暴風が吹き荒れはじめたのである。

 ときおり、突風が吹くと、身体ごと持って行かれそうになる。
 体重60キロ、荷物10キロの計70キロを吹きとばさんとする猛烈な突風だ。

 小蓮華山から白馬岳へと続く稜線は、風を遮るものがなにひとつない。

 突風が吹く度に地面にしゃがみ、身体を丸め、耐える。

 突風が吹く間隔は次第に短くなり、歩いてはしゃがみ、しゃがんでは歩くということを繰り返す。
 ガスもにわかに濃くなって、辺りは真っ白な世界に変わった。

 ごうごうと唸りを上げて白い世界を風が吹きすさぶ。

 この日だけで標高差1000メートルを登って来た体はかなり疲弊しているのだが、強風と冷たいガスがさらに追い打ちをかける。

 天候がよければとうに辿り着いているはずの白馬岳が絶望的に遠い。

 後ろを歩いている編集者ふたりを振り返る。
 ふたりとも100キロマラソンに出場するような猛者だが、そのふたりの顔にも疲労の色が濃い。

「もしかすると、このまま死ぬのかもな」
 そんな思いすら頭をよぎった。

 しかし、すぐにそんな思いは振り払う。
 母ちゃんとアイセとマンマイが父ちゃんを待っているのだ。
 なにがなんでも無事に下山しなければならない。

 黙々と歩いた。
 風に逆らってひたすらに歩いた。

 雨が降らないことだけを祈った。

 体が濡れて暴風にさらされるとたちまち体温が奪われて低体温症になってしまう。
 だが、この凄まじい風の中では、ザックから雨具を出すことだけでも決死の作業になる。

 永遠にも思える時間がすぎ、気がつけば白馬岳山頂が目の前にあった。
 脇目もふらずに山頂を通過し、直下に建つ白馬山荘に駆け込んだ。

 その直後、ばりばりばりと機関銃のような音を立てて雨が降りはじめた。

 奇跡的に雨に打たれずに済んだのだ。

 山小屋の受付に置かれていた石油ストーブでかじかむ手を温めながら、三人で安堵の笑みを浮かべた。

 父ちゃんはマージとワルテルとソーラに感謝した。
 きっと、あいつらが守ってくれたんだ。


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 翌日も晴れたりガスったり。
 上の写真は二日目の午前10時過ぎ、やっと姿を現してくれた白馬岳と白馬山荘だ。

 山の晴れ男の異名を取る父ちゃんとしては、お天道様に恵まれない初めての山行だった。
 三日目の朝焼けは素敵だったが、結局、ご来光も見られなかった。

 趣味の登山としては最悪かもしれないが、小説家の取材としては充実した山行だったと言える。

 もう簡単には「風が唸りを上げた」なんて書けないし、そんな文章を目にしたら「ふふん」と笑ってしまうだろう。


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 ほんのわずかな間だったが剱岳が顔を見せてくれたし、初日は暴風におそれをなしてハイマツの奥に隠れていたライチョウに
も出会えた。
 標高2100メートルの鑓温泉小屋で露天風呂に浸かって疲れも癒した。

 どんな苦労があっても、下山してみれば楽しかったと思ってしまうのが登山のやばいところかもしれないなあ。


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  1. 2017/09/24(日) 09:51:35|
  2. 登山
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残雪の八ヶ岳



 八ヶ岳は標高1700メートルを超えた辺りから雪に覆われていた。
 気温が高いために半ば溶けはじめ、表面がずるずる滑る難儀な雪だ。

 登山ブーツにアイゼンを装着し、ピッケルを片手に、歩きにくい登山道を慎重に登っていく。

 初日は山腹にある赤岳鉱泉という山小屋まで。
 ここで一泊して、明朝早くから、八ヶ岳最高峰の赤岳を目指して登っていく。


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 夜半から明け方にかけては氷点下まで気温が下がる。
 そのため山小屋を出発した時には雪も締まっていて歩きやすかった。
 しかし、太陽が高度を上げるとともにまた気温もあがっていく。

 下りのことを考えると、なるべく速く登って下りてきたいところだ。
 だが、雪に覆われた勾配は、体感的には垂直の壁だ。

 アイゼンの爪とピッケルを雪に突き刺して登っていくのだが、しんどい。
 息が上がる。
 頭上の太陽と、雪による輻射熱で一桁台の気温なのに、暑い。
 汗まみれになって雪の壁を登っていく。

 途中、さらなる急勾配に設置された階段があった。高所恐怖症の父ちゃんには夏場でも怖い階段なのだが、それが雪と
氷に覆われている。足を置く場所に気を使わなければ、アイゼンも利かずにつるっと滑って真っ逆さまだ。
 なんとか登ったが、下りはこの百倍怖いに違いない。

「こなきゃよかったかな」

 一瞬、後悔が頭をよぎった。




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 樹林帯を抜けると、その先は雪と氷に覆われた岩稜だ。
 雪の積もった場所と、雪が溶けて岩が顔を出した場所が混在し、アイゼンを装着したままの足もとが覚束ない。

 なおかつ、痩せた尾根に積もった雪が、左右にすぱっと切れ落ちてナイフの刃のようになってしまった「ナイフリッジ」を渡らなけ
ればならない。

 補助の鎖は設置されているが、足を滑らせたら数百メートル下に落ちていく。
 怖い、怖い、怖い。
 でも、ここを渡らねば先には進めないのだ。

 怖さを理性で抑えこみ、なんとかナイフリッジを渡ると、その先はもう稜線だ。
 八ヶ岳ブルーと呼ばれる青空と赤岳、そして、その奥には雲海に浮かぶ富士山。

 ああ、怖い思いを押して登ってきた者へのご褒美だ。

 
 予想外に気温が高くなっているため、赤岳は諦めてここで下山するとリーダーが決断した。
 男4人で登っていたのだが、そのうちふたりはあまりこうした雪山登山に慣れていないからだ。


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 雪が緩み、下りは登りの百倍、きつく、怖かった。
 階段はピッケルもアイゼンもほとんど利かず、手すりにしがみつきながら下りた。

 雪が緩んだ垂直の壁のような勾配はアイゼンの爪を突き立ててもずるずると滑る。
 気を緩められる場所などどこにもない。

 結局、下山したのは午後二時半。七時間、雪と格闘し続けたことになる。

 ほんとにしんどかった。
 翌日からは、こんなに酷いことはまずないというぐらいの筋肉痛が三日続いた。
 危険で怖くて、いつもより足に力が入っていたのだなあ。

 それなのに、次はどこの山に登ろうかと考えて胸を躍らせている。

 自分がそうなる前からわかっていた。
 山男はイカれている。


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  1. 2017/04/29(土) 14:08:57|
  2. 登山
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氷雪の美術館



 前夜に降った雪と強い風が、森の中に様々なオブジェを作り上げていた。

 標高2000メートル超の森の中は、まさに美術館。

 氷雪のアートの美しさ、厳かさに溜息をつくことを繰り返しながら登っていた。


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  1. 2017/02/12(日) 08:54:50|
  2. 登山
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プロフィール

軽井沢で犬とともに暮らしています。 Canon EOS 7Dが愛機。レンズはそこそこ。

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Author:walterb
 かつては夜の繁華街の住人。
 今は田舎暮らし。
 ネオンライトも雨上がりの森も、同様に愛す。

 冬が好きなのです。

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