ワルテルと天使たちと小説家

被災地にて



 酷い二日酔いだった。それなのに夏のような無慈悲な太陽の光が車内に射し込んでくる。サングラスをかけているのをいいことに、こっそり目を閉じ、何度かうとうとしていた。

「ここ、町があったんです」
 T君がいった。わざわざわたしのために被災地を案内する役を買って出てくれた男だ。

 その言葉を聞いた瞬間、眠気も胸のむかつきも消えた。
 なぜなら、「町があった」とT君が言った場所にはなにもなかったからだ。ただただ平地が広がっている。

 車を停めて、かつて町があったという地域をぶらぶらと歩いた。遠くから見ればそこはただの平地だったが、近づけば、確かにそこが町だったことが認識できる。
 津波にも流されることのなかった家々の基礎がずらりと並んでいるのだ。

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 何百棟、いや、千棟を超える家がこの辺りにはあったに違いない。
 そのすべてが基礎だけを残してすべて流されてしまった。
 茫漠たる光景に言葉がない。胸が締めつけられる。
 しかも、その景色はどこまでもどこまでも、果てることなく続いているのだ。
 北は岩手県から南は福島まで、いや、茨城や千葉を入れると、数百キロの範囲でこんな光景が広がっている。
 その際限のない広さ、その範囲のほとんどを根こそぎにした津波の凄まじさはテレビの映像や写真を見ただけではわからない。

 被災者以外のすべての日本人は自分の足で被災地に立ち、自分の目で実態を見るべきだと思った。

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 なにもない荒野を車は進む。やがて、右手に集落が見えてきた。近づくと、すべての家に破壊の痕跡があった。
 この辺りを襲った津波の高さは2メートル前後。一階部分が津波にやられた。
 そして、ほとんどの家が手つかずのまま、3・11の後、放置されている。
 もちろん、水道も電気も止まったままだ。戻ってきた人もいない。
 わずかばかりのボランティアが破壊された家からゴミやヘドロをかきだしている。

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 電線に繋がれていない電柱が一本、寂しそうに立っていた。
 聞けば、この電柱は津波に薙ぎ倒されたのだそうだ。それが自治体だか電力会社だかの人間が来て立て直していった。
 電気がいつ回復するのかの目処も立たず、おそらく、この辺りの住民は戻ってこないに違いないのにだ。
 なんという間の抜けた光景だろう。
 しかし、これが日本だ。わたしたちの住む国だ。心の底から被災者のことを考え、行動する政治家、官僚が皆無の国なのだ。

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 うち捨てられた集落の中をとぼとぼと歩いていると、どこかから犬がやって来た。首輪がついている。
 この辺りの片付けにやって来たボランティアの飼い犬らしい。
 彼はわたしたちを見つけると嬉しそうに駆け寄ってきた。まるで、案内役を買って出るとでも言っているかのようだ。彼の人なつっこさにずいぶんと救われた。

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 政治の場でも、メディアでも、復興復旧という言葉が踊っている。
 だが、実際には復興も復旧もなにひとつ進んでない。瓦礫が撤去されたというだけのことだ。一部の被災区域でライフラインが復活したというだけの話だ。
 見捨てられた地域は見捨てられたまま、ただそこにある。

 この日、仙台の最高気温は27度に達した。
 季節外れの夏空の下、うち捨てられた家々、見捨てられた土地は、無言のまま強い日差しを受けていた。

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  1. 2011/10/27(木) 09:08:41|
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軽井沢で犬とともに暮らしています。 Canon EOS 7Dが愛機。レンズはそこそこ。

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Author:walterb
 かつては夜の繁華街の住人。
 今は田舎暮らし。
 ネオンライトも雨上がりの森も、同様に愛す。

 冬が好きなのです。

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