ワルテルと天使たちと小説家

最後の一日



 雪音が来ると、ワルテルは元気よく吠えた。
 ご機嫌だった。

 だから、「明日はみんなでピクニックに行こう」と父ちゃんは言った。ワルテルを芝生の上で横たわらせてやりたかったのだ。
 あいにくの天気だったけど、早起きしておむすび握って、おかず作って。
 近所の公園は連休のおかげで人だらけだろうからと隣町の公園に向かった。

 だが、「町民大運動会」の看板が!
 目指した公園は運動会の会場になっていて、駐車場もぎっしりだった。
 しょうがないので引き返し、近所の公園でお茶を濁した。

「明日、リベンジだな、ワルテル!」

 家に戻ると、ワルテルにそう声をかけた。この時点で、ワルテルに異常はなかった。

 異変に気がついたのは昼過ぎだ。
 水とご飯を与えようとして、ワルテルの身体が痙攣しているのがわかった。目も虚ろだ。声をかけても反応がない。
 水で濡らした指先を口の中に突っ込むと舌が動き、ワルテルの目が動いた。
「ワルテル、わかるか? 父ちゃんだぞ」
 だが、ワルテルの目はすぐに虚ろになる。

 慌てて卵醤(らんしょう)を作った。卵の黄身と大量の醤油を混ぜ合わせたもので気付け薬の代わりになる。
 ワルテルの歯茎や舌にこの卵醤をなすりつけた。ワルテルは意識を取り戻した。

 すぐに先生に電話をかけた。この日、先生は東京の分院にいる。午後1時の診察が終わったらすぐにかけつけてくれることになった。それでも、新幹線での移動を考えると、往診に来てくれるのは夕方になる。

 電話を終えてワルテルのところに戻る。
 目は大きく見開かれているが、瞳は虚ろで、声をかけても卵醤、レスキューレメディを舐めさせても反応がない。もう意識がないのだ。

 意識のはっきりしていたワルテルの目に最後に映ったのは父ちゃんだった。
 父ちゃんは、ワルテルとの約束をなんとか守った。

「おまえが最後に見るのは父ちゃんの顔だ。約束する」

 父ちゃん、母ちゃん、雪音、そしてソーラでワルテルを囲んだ。声をかけ続け、マッサージをし続け、しかし、反応はなく、ただ呼吸のたびに胸が上下する。

 母ちゃんが泣き始めた。雪音も泣いた。父ちゃんも泣いた。

 ワルテルは逝く。逝ってしまう。もう、わかっていた。
 
 そして、ワルテルは身体をのけぞらせ、四肢を突っ張って、やがて力が抜けた。心臓が止まったのだ。

 午後2時57分。
 父ちゃんが異変に気づいてから2時間半後のことだった。

 

 やれるだけのことはやってやった。
 だから、思ったより悲しくはない。でも、寂しい。とてつもなく寂しい。

 もう、おむつを替えてやれないんだな。ウンチの始末をしてやれないんだな。だっこして車に乗せてやることも、手でご飯を食べさせてやることもできない。なにより、ワルテルの写真を撮ることができない。

 寂しいよ、寂しいよ、寂しいよ、ワルテル。

 昨日、父ちゃんは泥酔して眠ってしまった。
 母ちゃんはワルテルのそばで朝まで泣き続けていた。

 そして、ソーラ。
 朝起きると、床に点々と落ちている血痕を見つけた。
 ソーラのヒートがはじまったのだ。
 予定より一ヶ月遅い。

 病気のワルテルが興奮しないようにと、ワルテルの世話で忙しい父ちゃんと母ちゃんに手間をかけさせないようにと、ワルテルが逝くまで待っていたのだろうか。
 なんて子だ。

 床の血痕を見ながら、またダバダバと涙が溢れてきた。


 

  1. 2012/10/08(月) 09:18:18|
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軽井沢で犬とともに暮らしています。 Canon EOS 7Dが愛機。レンズはそこそこ。

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Author:walterb
 かつては夜の繁華街の住人。
 今は田舎暮らし。
 ネオンライトも雨上がりの森も、同様に愛す。

 冬が好きなのです。

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