
フルールが暮らしているのは谷間の集落だ。
谷底──集落の一番低い低地には田んぼが広がっている。
毎年、この時期に遊びに行くと、田植え前の水を張った田んぼが太陽や雲を湛えている。
いつものように畦道を散歩して、水鏡の写真を撮って……フルールの家に戻ると、訃報が飛び込んできた。

弟は自殺だった。
驚きはなかった。50歳目前だったが、もう20年以上いわゆるニート状態が続いていて、いつかこうなるんじゃないかとは
思っていた。
久しぶりに会った妹と話したら、妹も同じ気持ちでいた。
自殺であることは一目瞭然の状態で発見されたのだが、一応不審死扱いなので、遺体は警察の元へ。検視が終わるまで
戻って来ない。
父ちゃんは結局、弟の死に顔を見ないで帰ってくることになった。
札幌の実家に行くと、30年ぶりぐらいに叔母と従兄弟と言葉を交わした。
叔母は90歳で、従兄は70歳になっていた。
いやあ、おれも年をとるはずだ。
想い出話に花を咲かせられたのは弟のおかげだな。
札幌と言っても、かなり田舎なので出前を取るにも難儀する場所だから、朝飯、昼飯、晩飯、父ちゃんが作った。
母に手料理をふるまってやるのはこれが初めてだ。
大根と油揚げの味噌汁を飲み、「美味しい、美味しい」と呟きながら母は泣いていた。
日曜になっても弟は戻って来ず、父ちゃんと母ちゃんは後ろ髪引かれながら札幌を後にした。
火曜日にどうしても日にちを動かせない仕事を東京でしなければならなかったからだ。

昨日、弟が家に戻って来たという連絡があった。
今夜が通夜で、明日が出棺。
父ちゃんは出席できないので、妹と従兄によろしくお願いしますと葬儀を託した。
そうまでしておれに会いたくなかったか。
まあ、うるさくて頑固で融通の利かない兄貴だったからな。
もうすぐキャンピングカーが来るから、年に一度はワンズを連れて母に会いに行こう。
- 2017/05/16(火)
08:59:29|
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